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2012年11月27日火曜日

メディア掲載情報

グッと寒さが増してきましたね。
ブログを書いている今も、音からするとどうも霰が降っているようです。


さて、ちょっと前の発売になるんですけれど、Gijie 2013 WINTER「鱒とハンドクラフト」特集号にEGOISTも少しだけ載せていただけております。






ハンドクラフトによるトラウト用品にフォーカスした企画ってGijie誌としては初の企画なんじゃないでしょうか(^^ゞ

P40に紹介記事が出ております。
紹介記事に出ている写真のLeaf-original-とLeaf-5は読者プレゼント用にサイン入りで提供させていただいたものですので、ご希望の方は振るってご応募いただければ嬉しいです。



いずれにせよ、僕のような弱小ブランドにとって、こうしたメジャー誌上でトラウトアングラーの皆さんの目に触れる機会を得られるというのは、とてもとてもありがたいことです。
これもひとえに応援してくださる取扱店さんや、当然の如くユーザーの皆さんの暖かいご声援の賜物であることは間違いありません。
本当にありがとうございます。











※ただ今のBGM   Fly by 堀ちえみ

2012年11月18日日曜日

EGOIST流とはなんぞや?-その2-


前回までは、EGOIST流なる「(釣りという遊びと向き合ううえでの)自身の志向」について書かせていただきました。
今回は、実際に渓魚をルアーで釣るという行為におけるEGOIST的流儀の本質について述べさせていただこうと思います。




まず前提として挙げられるのは、僕が志向するルアーフィッシングは、大概の場合において魚の反射行動を期待するスタイルであり、俗に言うリアクションの釣りという範疇に納まるものと言えます。
結論として、対象魚の摂餌本能を主眼において釣りを組み立てていくのは、僕の、EGOIST流の主軸ではないということです。
昔やっていた餌釣りや、フライフィッシングもかじった経験からみると、ルアーフィッシングとの本質的差異はそこにあると感じたことが経験として大きい故にそう確信しているといえます。

「リアクション」という言葉は、使われる頻度の割に、その実、一般的に何を以ってそう呼ぶのか明確な線引きがされていないように感じています。
「リアクション」を直訳すれば「反射(行動)」となりますが、単に「反射(行動)」というだけでは、何によるどんな現象を指すのか解りづらいと思うのです。
僕が考えるリアクションの釣りとは、「食性のリアクション」と「食性以外のリアクション」に大別できます。


【食性のリアクション】
これについて多くを語る必要はないでしょう。
その名の通り、ルアーサイズやカラー、そして釣法までも、対象魚の摂餌物や食欲を強く意識したもので構成するものです。
代表的には、盛夏のブッシュ下の送り込みの釣りや、落下、流下する陸生昆虫をイミテートした釣りなどが挙げられます。
つまりは僕の場合、こういうことをサブ的に念頭におくことはあっても軸に据えて釣りを組み立てることは、ほぼないということになります。


【食性以外のリアクション】
僕の釣りの主軸を成すのは、好奇心や威嚇、縄張り意識など、食性以外の本能を主眼において構築するスタイルの釣りです。
細目は置いておいて、EGOIST流の考え方の根幹となるのはアトラクター要素であり、ルアーとは摂餌物のイミテーションではないと捉え、考える故であります。
だからこそ、ハイピッチ&ハイレスポンスのフラッシングアピールベイトとしてLeafを創るに至ったのです。


以上、二つのリアクション要素を踏まえたうえで食性以外のリアクション要素をメインに、TPOに合わせてフィールドでアジャストするのが今の僕のスタイルであり、それこそがとりもなおさずEGOIST流なのです。








さて、釣りネタ以外のことをくどくど書き続けても興味が薄れもするでしょうから、これで一旦EGOIST流についての語りは終わりとさせていただきます。

しかし、実はまだまだネタあります(笑)

お気づきの方も居られるでしょうけれど、どうやってルアーを動かすのかなどの部分(これはこれで話が長くなるwww)には一切触れてないので、そのあたりがどうしても気になる方は、フィールドやお店でお会いした折にでもご遠慮なくお尋ねください。
そんな機会がないという方は、直接ご連絡いただければお答えいたします。
何度も言いますが遠慮は無用です。
要るのは長話をする覚悟のみです(爆)

よろしくお願いいたします(^_-)-☆










※ただ今のBGM   さよならの物語 by 堀ちえみ

2012年11月17日土曜日

EGOIST流とはなんぞや?-その1-


前回まで「EGOIST流カラーセレクト論」と称し、僕なりのカラーセレクトに関する諸々を解説させていただきました。
それは、ユーザーさんからの質問の中で一番多いのがカラーに関するものだったからに他ならないのですが、しかしながら、EGOIST流とは、実はカラーセレクトのみを指すものに非ずという部分が、僕のフィッシングスタイルや釣りという遊びと関わる上で、もっと重要な部分であると、自身は考えています。
Leafシリーズやその他のモデルが生れた理由も、それをお伝えしてこそ理解いただけるのではないかと思うのです。



EGOIST流などといっても、さほど大仰なものではありません。それは、僕自身の私的流儀にすぎず、釣りにおける諸々の優劣を論ずるために用意したものでももちろんありません。ましてや決して他人様に強要するようなものではないのです。
ですから、EGOIST流を決して全て鵜呑みにするのではなく、「そういう考え方、やり方もある」程度に捉えてほしいと僕自身は考えているのです。
たとえ、貴兄が僕の理論に賛同してくれたとしてもです。
もちろん、ことによってはご法度的なコトもあるので、全てを疑ってかかっているとややこしくもありますけれど(^^ゞ

イベントなど、ユーザーさんを含め他の釣り人の方々と交流する際は努めて話すように心がけていることなのですが、魚を追い求めていくにあたり、上達していくためには、自身の論理的根拠ともいえる考え方の基点、つまりスタート地点ともいうべき基本的な根拠となるものをまず身につけることが重要であるというのが僕の考え方です。
ユーザーさんからカラーに関する質問が非常に多いというのは、多くのユーザーさんに、その論理的基準が確立されていないからではないかと感じます。

もちろんそれは、色々と経験していくうちに、習得スピードの個人差はあれ自然発生的に身についいくものでもあり、僕の言うEGOIST流だってなんら変ることはないものなのです。
ですから、これを読んでくださっている貴兄がもしそうであったとしても、殊更それを問題視することもありません。
そんな白紙(に近い)状態の貴兄にこそ、EGOIST流をまずは知識として取りれ、EGOIST流を信じる一方で「本当にそうなのか?」という猜疑心をも持ちながら、フィールドで「釣りという名の検証作業」を行っていってほしいのです。
そうすることで、より確かな自身の理論が客観的視点から構築されていくでしょうし、それこそが「(他人の言うことの全てを)鵜呑みにするな」と、僕が言う論拠なのです。

「釣りという名の検証作業」と言いましたが、言葉だけ見れば、釣りという行為を無機質に捉えているだけのように思われる方もいるかもしれません。
そうであるならばなぜ、斯く言う僕が釣りという行為を長年ライフワーク的に続けてこれたのでしょうか・・・。
答えは単純明快。それは「釣りが楽しいから」に他なりません。
ただし、僕自身は「魚が掛かって竿がしなること」のみを釣りの楽しみとして捉えていません。
釣果の有無や釣れた魚の大きさ、釣れた数などは、僕にとっての釣りの本質的楽しみ(釣りをする上で求める快楽の質、といえるかもしれない)には、ある意味何の関係もないんですね。
敢えて言うと、魚が釣れること自体は僕の釣りの楽しみという部分では、結構低いランキングなのです。

渓流釣りを例えに挙げると、僕自身はまず、渓流というフィールドに立つことで大方の充足感を得ているといっても良いでしょう。
釣りをしない一般の方だって、渓流と言われて思い起こす景色の中に居ることを嫌がる人は少ないと思います。
そんな素晴らしい環境の中で、自分が好きな釣りという遊びができる・・・そんな満たされ具合で充分なんです。
そりゃあ、釣れないよりは釣れた方がいいに決まっています。小さいより大きな魚がいいのも事実。
でも、釣れなきゃ満足できないかといえば、僕自身の答えは「Never」なのです。
先も言いましたけれど、魚が釣れること自体は、僕にとっては充分条件にすぎません。獲物の大小も然り。
フィールドに立てた幸福。魚と出逢えればもっと幸せな気持ちになれる・・・それだけなのです。
他人の釣った魚を羨むかというとNever。
自身が釣果に恵まれないことを嘆くかというとNever。
それよりも、同行者の魚を一緒に喜んだ方が何倍も幸せな気分になれるんです。
多くの釣り人は単独釣行を好まれる傾向にあるように感じますが、僕個人としては、一人より二人、三人で喜んだ方が幸せが倍加すると感じるほうなんです。



なぜ釣りをするのか・・・
冒頭でも出た言葉ですが、「釣り」とは、単に僕の好きな「遊び」の一つにすぎません。
今は生業という一面も持ち合わせてしまったので以前のようには楽しめない部分があるのは否定しませんが、それでも、僕にとっての「釣り」という「遊び」は、「楽しい」という気持ちを、時として第三者と共有し、味わうために不可欠なツールの筆頭なのです。





・・・続く










※ただ今のBGM   遥か1000マイルの彼方 by 堀ちえみ